星辰は巡る

 アマチュアライターとして、天文、軍事史、科学技術などに関するエッセイを書き連ねていきます。

ASAT ( Anti-SATtelite weapon ) ~衛星攻撃兵器~

 巷ではアメリカ合衆国トランプ大統領が陸海空軍に並んで宇宙軍を設立すると叫び続けている。(実はこの話題は2000年ぐらいから米議会の一部ではずっと議論され続けているのだが……。)そこで今日は、SFではなく、実世界での宇宙空間における戦闘兵器について論じてみよう。

 現時点において、宇宙空間での戦闘に使用される代表的な兵器と言えば、地球を周回する人工衛星を破壊するASATが挙げられる。有名なものとしては、トム・クランシーのレッド・ストーム・ライジングにも登場するASM-135がある。ASM-135は、米空軍のF-15戦闘機から発射して高度1000kmまで到達し、人工衛星に衝突してこれを破壊する能力を持つものであり、1980年代には実際の発射実験が5回行われたが、最終的には開発が中止されている。この他、冷戦時にはソビエト連邦が、また近年では中国がASATを開発している。

 ASATにはどのような種類のものがあるのか。少し古いが、Tom Wilsonが2001年に「米国国家安全保障における宇宙管理と組織の評価委員会」(Commission to Assess United StatesNational Security Space Management and Organization)に提出した資料(注1)に基づくと、次のような整理が可能であろう。

(1)捕捉型ASAT

 直接、敵の衛星を攻撃するもので、更に次の3つに細分化される。

・空中を含む地球上から発射され、弾道軌道を飛翔し、敵の衛星に衝突するLow-Altitude Direct-Ascent ASAT

・敵の衛星を攻撃する必要が生じた際に地上から発射され、いったん地球周回軌道に投入された後、敵の衛星と交錯する軌道に遷移して衝突するShort-Duration Orbital ASAT

・敵の衛星を攻撃する必要が生じる前から、地球周回軌道に投入され、数か月から数年そのまま地球を周回し続け、敵衛星攻撃のコマンドを受けて初めて行動を起こし敵の衛星を破壊するLong-Duration Orbital ASAT(このタイプには、敵の衛星に交錯する軌道に遷移して破壊するものの他、破壊効率は落ちるものの軌道遷移をすることなく敵衛星に近づいた時に自爆して破片で相手を破壊するSpace Mine(宇宙機雷)方式のものもある。)

(2)スタンドオフ型ASAT

 地上から、レーザー、電磁波、荷電粒子などを衛星に照射し、衛星の無力化を行う。

(3)核ASAT

 低軌道で核爆弾を爆発させ、強力な電磁波を発生させて衛星の電子機器を破壊したり、数か月にわたり存在する軌道上の残留放射能によって衛星の電子機器を劣化させ衛星の運用寿命を大幅に短縮させる。

 

 ASATは、冷戦時代、アメリカ合衆国ソビエト連邦によって開発競争が進んだ。これは早期警戒衛星が核戦略の重要な一部を担っていたことを考えると容易に理解できる。しかしながら、その後、捕捉型ASATによって衛星を破壊する場合は、大量のスペースデブリを発生させ、ケスラー・シンドロームを起こす原因にもなりかねないとして、開発が抑制されてきた。(ケスラー・シンドロームとは、発生したスペースデブリが別の衛星に衝突して、新たにスペースデブリを発生させ、またそのスペースデブリが次の衛星を破壊して、スペースデブリを発生させ、これが連鎖的に続いて最終的にはその軌道空間にスペースデブリが充満して使用できなくなることを指す事態である。スペースデブリの恐ろしさは映画「グラビティ・ゼロ」(原題Gravity)をご覧になった人は十分に想像できるであろう。)

 しかしながら、近年、正にトランプ大統領が宇宙軍の設立に力を入れていることからもわかるように、軍事における宇宙の重要性が増大している。このような状況の中で、敵国の宇宙利用を阻止するASATの役割が再び注目されており、特に中国は様々な実験を繰り返しているといわれている。(特に、2007年にKT-1と呼ばれるLow-Altitude Direct-Ascent ASATにより自国の気象衛星を高度800㎞辺りで破壊した実験は、同軌道高度のスペースデブリを大幅に増加させ国際的な非難を浴びている。)

 宇宙空間の軍事利用の重要性が減じない限り、今後、ASATの重要性が増えることはあっても減ることはないであろう。他方、ケスラー・シンドロームの発生も同様に宇宙空間の軍事利用を阻害することを考えると、今後はスペースデブリを発生させないASATを指向していくものと思われる。

 

注1:この資料は、下記に公表されている。https://www.globalsecurity.org/space/library/report/2001/nssmo/article05.pdf